*5*



「ただいまっ!チョッパー、サンジが治る薬だ。今すぐ飲ませろ」

息を切らせてキッチンになだれ込んできた三人が、汗だくでサンジの前に来た。。

待っていたチョッパーは既に涙を堪えきれずに、ボロボロと泣いていた。
それを必死で励ましていたらしいナミも、目が潤んで、今にも零れそうな涙を溜めている。

「サンジの血圧がっ、、うっ、、も、もたねぇ、、死んじまうっ、ルフィ!」

ルフィに駆け寄ったチョッパーを、ルフィは叱咤した。

「落ち着け!この薬を早く飲ませるんだ!強引にでも何でも!!」

その黒い瞳に、チョッパーが歯を食いしばって頷き、カプセルをサンジの口に押し込んだ。
だが、溜飲する力もないサンジは、舌の上にカプセルを置いたままピクリともしない。

チョッパーが水に溶かして飲ませようと、カプセルを取り出し、
分解しようとした時、ルフィが「そんな時間、ねぇ!」と、カプセルを奪い取り、
自分の指を紐のように細くのばしカプセルを挟むと、直接サンジの口に、ゴム指を伸ばす。

ゆっくりと指を細くしたままゴムを伸ばし、ノドの奥までカプセルを運び、食堂へ直接薬を落す。
点滴がついているままのサンジの上体を起こし、背中をドン、と手で叩いた。

「ルフィ、そんな無茶苦茶な!」

チョッパーが慌てたが、その手っ取り早い方法が効をそうした。

意識の無いサンジの体が、一瞬だけ、光ったように見えた。
そう思ったとたんに、ピクリ、とサンジの目蓋がゆれる。

ルフィに支えれ、クルーたちが見守る中、サンジがゆっくりと目を覚ました。

「やった!」と皆が飛び上がって喜んだ時、ゾロがガクっと、膝を床につく。

「コック、、、よかった、、」

そう言い残すと、バタンと倒れ、今度はゾロが意識を失ってしまった。

覚醒したばかりのサンジは、周りを見つめ、そしてゾロを見つめ、自力で起き上がると
「どうした、腹が減ったのか、ゾロ」と、一言寝ぼけた声で、呟いた。

倒れたゾロをサンジと入れ替わりに簡易ベッドに移す。
みるみる元気になって、立てるようになったサンジをキッチンのイスに座らせ、
テーブルに食べ物を積み上げた。

「サンジ、説明は後だ。まずは食え。何も考えずにとにかく食え」

ルフィの真剣な命令に、サンジは朦朧とした頭で頷き、食べ物を手にとった。


「どうなってるんだ、ゾロはどうしたんだ」

ナミとチョッパーが、パニックになっている。
死にそうだったサンジが急に元気になり、さっきまで走って息を切らせていたゾロが急に倒れた。
それにアノ薬はなんだ、見た事が無い。

チョッパーの矢の様な質問に、ルフィは怒鳴った。

「まずは食ってからだ!俺たちも寝てないし食ってない。ナミが買ってきたこの食い物を
 食って、それから説明する。ゾロは心配ねぇ。スグに目が覚める。説明は後だ」

ルフィは、全員が疲れきっているのを知っている。自分も然りだ。
これからゾロが目を覚ませば、また、心配しなければならない。
ゾロがいったいどうなってしまうのか、それに対処する為にもまずは食事を。

ルフィはサンジの隣にドカリと座ると、「食ったら話がある。ちゃんと食え」と念を押した。

絶食がバレタのだろうと察したサンジは大人しく頷く。
衰弱の極みだったはずの自分の体が不思議なほどに元気になるのがわかって、不気味な気がしたが
チョッパーがいい薬でも投与してくれたのだろう、と思っていた。




「ゾロの宝?その女の子の記憶がゾロの宝ってやつで、それと引き換えに薬を貰ったっていうのか!?」

食後にルフィとウソップから話を聞いたサンジは、驚愕して固まった。ナミとチョッパーも驚きを隠せない。

サンジは食っている最中、気味が悪いほど急速に元気になったのだ。魔法にかけられているみたいに。
それが、本当に魔術師のやったことだというのか。
しかも、ゾロの記憶を、、、ゾロ自身が承諾して売ったと。

「いや、ありえねぇ。このクソ剣士が野望という信念を人に売るわけがねぇ」

そう言って、サンジは寝ているゾロを見た。

「売ったんじゃない。交換したんだ。それにゾロは思い出を消されても、必ずまた思い出すって
 断言していた。ゾロがゾロである限り、最強を目指すから心配ないって」

そんな簡単に人に消される野望ではないし、軽い思い出ではないってゾロは言ったんだ。

「約束を果たす為に、どうしても俺たちや、そしてサンジ、お前も必要なんだ、って
 ゾロは言い切った。ゾロの一番の宝は仲間ではなかったけど、その一番を消されても
 仲間を守ろうとしたんだ。大丈夫だ。ゾロが野望を忘れるはずが無い」

ルフィは驚いているサンジにいつものように笑いかけ、元気になったのなら
飯を作れ、と言った。ゾロが起きた時、何か食わせてやってくれ、とやさしい顔をした。

にわかに信じられない、という表情のまま、サンジはとりあえず、腹が減っているだろうゾロの為に
キッチンに立った。下ごしらえの途中のシンクの中を見る。
イモを洗って、皮を剥こうとしていて倒れたようで、中途半端に剥かれている芋が
そのまま籠に入っていた。

そういえば、、、気を失う前に、ゾロが何か言っていたような気がした。

ずっと不機嫌で腹が減っていてイライラして、栄養失調もピークだったのも自覚していた。
とにかく食材を船に運ぶまでは、と頑張ってきた。
ゾロが一緒だったが、喧嘩ばかりしてしまい、しまいには喧嘩する気力すらなくなっていた。

食糧危機だった事を、ゾロに言うべきではなかった。

サンジは改めて倒れる前のことを思い出し、表情を曇らせた。
島に着いた安堵感と、また迷子になるところだったゾロへのイライラとが混じって、
情緒不安定だった。極限まで体が弱っていて、何か食っても吐くだけだろうと思い、
夜にこっそり、お粥でも作って食べようと思っていたのだが、思いのほか限界だったらしい。

かえってクルーに大迷惑をかけてしまった。
記憶と薬を交換したというゾロが心配だ。思い出の女の子、というのは
白い刀の持ち主の事だろう。その子の事を忘れたゾロが、あの刀を握る事が出来るのか。

俺の為に、、、あの、ゾロが。

料理を作りながら、急に不安がこみ上げ、サンジは手早く用意を済ませると
クルーたちとともに、ゾロが起きるのを待った。



完璧にサンジが元の体に戻った時、ゾロは目を覚ました。
ゾロが倒れてから2,3時間しか経過していない。サンジは死のふちからその短時間で
完全復活したのだ。

「起きたか、ゾロ。大丈夫か」

まずはルフィが心配そうにゾロに声をかけた。
固唾を飲んでゾロの様子をうかがっているクルーも、周りを囲んでいる。

「あぁ、ルフィ、、、、なんか、、寝てた、、、」

ボンヤリと起き上がったゾロは、ルフィの事もちゃんとわかっているし、クルーを見ても
驚きもしない。心配したような『記憶喪失』などにはなっていない事がわかり
一同はホッと胸をなでおろした。

もし、あの魔術師が下手を打てば、宝の記憶だけではなく、全ての記憶が消えたかもしれないと
最悪の事態を想定して、ルフィはいろいろとシュミレーションしたのだが
そんな心配はなかったようだ。ゾロは強い。少女との思い出が消えたからといって
ゾロが、ゾロで無くなるはずが無いのだ。

ルフィとクルーたちは安心して微笑んだ。

ゾロも寝ぼけているのか、みんなの笑顔に首を傾げつつ、笑い返す。
そして、サンジの姿をみつけ、声を出した。

「あぁ、元気になったんだな、良かったな、”サンジ”」

ゾロの発言に、一瞬、クルーたちは顔を見合わせる。
サンジの事を名前で呼んだことに驚いたからだ。

初めてゾロの口から出たサンジの名前。一度も聞いた事が無かったその”音”は、
まるでずっとそう呼んでいたかのように自然で、不思議な感じがした。

サンジは、自分でも驚くほど動揺してしまい、言葉を噛んでしまう。

「え、あ、、、おう、元気だ、おかげさ、さまで、、」

ぎこちなく返したサンジに、ゾロが見たことも無い無邪気な笑顔を向けた。

「ははっ、なんだそのツラ、変なの」

その、ゾロの表情を見て、クルーたちが青ざめる。

どんな影響があるのだろう、と思っていた。過去の記憶を消されても、それ以降の記憶は
あるはずだから、クルーの名前や、今の情況は理解しているはずなのだ。
だが、ゾロのこの無邪気な表情と、サンジを名前で呼ぶ素直加減、、、、嫌な予感がクルーに走った。

「ほらゾロ、刀。お前を寝かせるのに預かってた」

ルフィが三本の刀をゾロの前に差し出す。
だが、その刀達を見つめたゾロは、受け取るどころか体を引いて、ルフィを見あげた。
そして、普通に、いつものゾロの声で、言ったのだ。


「何、この刀。オレのじゃないぜ?しかも三本も、ってお前、、、護身用にしちゃ多いだろ」



静まり返ったキッチンで、ルフィの手の中で刀の鞘同士が、カツンと、悲しい音を立てた。

震えるルフィの腕。

「ゾロ、お前こそ何言ってる。この刀は三本ともお前の宝物だ。これは覚えてるはずだろう?
 忘れるわけがねぇ、ってお前言っただろうっ、ゾロっ」

焦ってゾロに話し掛けたルフィだが、ゾロは「はぁ?」と首を傾げて意味が通じていない。
そして、少しふざけたような顔で笑ったのだ。

「ルフィ、そんな物騒なもん、持ってないで、武器庫にしまっとけよ。怪我するぞ」



サンジの命と引き換えに、、、ゾロの一番大事なものを、、、消された。


わかっていた事だが、ルフィは震え上がるような恐怖を感じた。
サンジの命がヤバイ、とわかったときと同じ感じ。あのときの恐怖感がまた、襲い掛かる。

「ゾロが、、、自分がゾロである限り、スグに思い出すって言ったんだ。お前はそう言ったんだ」

搾り出すように出したルフィの声に、ゾロは何の抑揚も無い声で聞き返す。

「思い出すって何を?、、、、それより腹減った。なんか作ってくれよ、”サンジ”」

眉間の皺が消えてしまったゾロが、素直に、無邪気にサンジに食べ物をねだる。
その光景が、あまりにも悲しく、恐ろしくて、クルーは事態の深刻さを理解した。

ゾロはもう、剣士ではないのだ。

思い出の女の子とリンクされている野望は、少女の記憶と共にゾロの中から消えている。
野望が消えたと言う事は、剣士である必要も無ければ、剣士としての自覚も消えている。
それどころか、自分の刀を忘れている。目指すものが消えたゾロは、ただの、、、若者なのだ。

ルフィが、ブルブルと震えだし、刀を抱えたまま、ゾロに掴みかかろうとした。

「やめろ、ルフィ!今は無駄だ。ゾロはたぶん一時的な健忘症だよ。記憶を喪失しているわけじゃない。
 変な魔法みたいなものに精神をかき回されたんだろう?混乱しているだけだよ、、、きっと」

チョッパーがルフィをなだめ、ゾロを庇った。
それでも力を緩めないルフィとチョッパーの間にサンジが割り込んできた。

「そこまでだ、二人とも。今はまず、飯を食わせる。そうだろう?船長。ゾロ、飯だ」

ぎこちない動作で、サンジがゾロを手招きした。
名前を呼ばれ、素直に飯を要求され、サンジの方だって動揺している。

自分を助ける為に、今度はゾロがおかしくなったのだ。
あの時、食糧危機をまるでゾロのせいだ、と言わんばかりのことを言ってしまったから。
責任を感じて、ゾロは自分の大事な記憶を、、、売ってしまった。俺のせいで、、、。

サンジはやりきれない思いで皿に料理を注ぐ。

記憶を失っているようだが、現時点での生活は、納得して理解しているらしい。
話さなければならないことや、確認したい事が山ほどあるが、まずは、飯だ。

「お、サンキュ。美味そう」

気味が悪いほど、”普通の若者”っぽいゾロに、サンジは眉を寄せる。
だが、今、ゾロを揺さぶったところで、解決策など出てこない。

美味い、美味い、とサンジの料理を絶賛しているゾロを横目に、ルフィが小さくクルーに
今後の方針を言った。

「今日はもう遅いから、明日、また、あの魔術師の家に行く。とにかくゾロが元に戻るように
 頼んでみよう。悪いばーさんには見えなかった。一番の宝はやれないが、交換条件をいろいろ出してみる」

ナミも、全財産を出す覚悟をしておけよ。
ゾロが”俺たちのゾロ”に戻るまで、船は出さない。今度はサンジの時と違って、薬はない。
あのばーさんだけが、元に戻せる。とりあえず今晩は、ゾロを一人にするな。

「サンジ、お前、ゾロから離れるな。オレも今日は見張台にいる。酒でも飲ませて
 キッチンで見張れ。あいつがどっかにフラリと行かないように監視しろ」

ルフィの切羽詰った命令に、ウソップが口を挟んだ。

「監視するって、、、そんな必要ないだろう?ゾロはこの船のクルーだと自覚しているし
 ちょっと今は剣士であることを忘れているだけで、逃げようなんてするはずが無い」

もっともなウソップの言葉だったが、ルフィは首を横に振った。

「ゾロは、、、一番最初に仲間になれと誘った時”海賊に成り下がる気は無い”と言ったんだ。
 剣士でもなく野望も無いゾロが、この船に乗ってることに疑問をもつのもスグだろう」

飯を食って、頭がスッキリしてきたら、なぜ、自分がこの船に乗っているのだろうか、と
考えるのが当たり前だ。人の夢に付き合って乗船する義理なんて今のゾロには無いのだ。
そもそも仲間になってくれたのは、”刀をダシ”に脅すような取引を俺がしたんだ。

ルフィが苦渋の表情を見せた。

「でも!剣士じゃなくても俺ら仲間だしっ、、」

さらにウソップが畳み掛けたが、今度はサンジが口を出す。

「何の仲間だ?、、、今のゾロにとってはどんな繋がりがある?誓いも約束も無いゾロが
 俺らを仲間と認識し続けられるか?、、、、用事もないのにわざわざ海賊船に乗る意味があるか?」

ルフィ、眠り続けていた俺が一番元気だ。
今晩は俺がゾロを見張る。お前らだって、俺のことで寝不足だろう。今日はもう、休もう。

サンジの一言で、ウソップ達もうなだれた。
今日はどうする事も出来ない。明日、朝一番で町へ繰り出す事を決めて、
それぞれがキッチンから散っていった。

キッチンの隅で、コソコソと話し合っていたクルーたちに興味も示さないゾロ。
きれいに残さず料理を平らげ、笑顔でサンジに「美味かった」と、言葉を出した。

美味かった、か。

きっと何事も無い平和な日常だったならば、大いに赤面して、照れただろうサンジだが、
聞きなれないゾロの言葉に、ただ、「あぁ」と声を出すのが精一杯だった。

この男は、、、、”ゾロ”ではない。

サンジは受け取った皿をしばらく無言で見つめていた。



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