*7*



次の日の朝、積荷を隠して帆をたたみ、クルー全員で町へ向かった。

事と次第によっては、その魔術師とやらと一戦交えてでもゾロの記憶を奪い返すつもりだった。
ルフィの顔は敵地に乗り込むような表情で、口数も少ない。

「なぁ、どこ行くんだ?服屋に寄ってくれよ。なぁ、って。服、、、」

ゾロだけが一人、お気楽な表情でキョロキョロと浮かれている。
だが隣を歩くサンジに「うるせぇ」と睨まれれば、簡単に首をすくませた。

「なんだよ、みんなして機嫌悪りぃな、、、、ってか、ルフィはなんで背中に刀を三本も背負ってるんだよ」

ゾロは緊張した空気に嫌気はさすものの、さして深い考えなどせずに
前を歩くルフィの背中をボンヤリと見つめていた。

「お前の、、、大事な刀を船長が預かってるんだよ。お前の記憶が戻るまで。そしてその記憶を今、
 取り戻しに行こうとしているんだ。お前は黙ってついてくればいい」

サンジはもう、「ゾロ」とも「クソ剣士」とも呼ばなくなってしまった。
別の生き物だ、と考えなければやりきれないのだ。
ゾロの顔でゾロの口で、ありえない事をしゃべる男を、ともすれば半殺しにしてしまいそうだった。

むすっと頬を膨らまして、渋々歩くゾロを促し、一同はあの魔術師の家にたどり着いた。

「”ブラック”?」

サンジは汚れた小さな看板を見上げて眉を寄せた。

、、、、黒魔術ってことかよ。つまり、生け贄とか捧げものとか必要で、ただでは発動しない魔術。
この世にそんな漫画のような話があってたまるか、と思いつつも、おとぎ話以上に理解不能な
グランドラインにおいては、それも強引に納得するより他ない。

ナミもチョッパーも不審そうな表情で家を睨んでいたが、触れてもいないドアが
勝手に開いたことで、それが現実である事を知った。

ひとりでに開いたドアをくぐり中に入ると、しばらくしてからアノ女が突然浮き出るように現れた。
そしてルフィたちが何も言わないうちから先に、女は口を開いた。

「宝を差し出す、とはそういう事なんだよ。返せと言われても無駄な事さ。
 お前たちが望んだ”コックの命”は元に戻したはず。交わした契約を破るつもりかい」

穏やかな口調だが、はっきりと話す女の声に、ルフィが首を横に振った。

「仲間や大事な人間ではない他の違う宝とゾロの記憶を交換してくれ、って頼みに来た。
 金塊じゃぁ、だめなのか?ただ働きする、でもいいぞ?人や記憶以外に、受け付けてくれるものは無いのか?」

必死のルフィの言葉にも、女はゆるやかに笑うだけだ。

「魔術なんだよ、小僧。何を斬り捨ててでも叶えたい願いという強い想いを、叶えようというのだよ。
 黙っていても奇跡など起きはしない。不可能を可能にする魔の力を発動するのに人間の一番強い想いが
 必要だと言っているのさ。」

たとえば、恋人が宝だとして、その恋人が死ぬべきところを、救いたいと願ったとする。
すると、恋人の命は助かるが、宝である恋人は依頼人の前から消える。
当然、助かったわけだから、どこかでは生きているが依頼人とは一生めぐり合うことは無い。
差し出したのだから当然だろう。

それでもいいから、救いたい、と。そう思うならば、願いを叶えてやろうというのだよ。

無感情な女の説明にクルーたちは顔を歪める。
ルフィをはじめ、みんなの宝は、たぶん、大事な人たちに決まっている。
お金お金、と言うナミだって、故郷の人たちや船の仲間を宝だと思っているからいつも命をかけている。

ルフィは歯を食いしばって女を睨む。
女の説明では、たとえこの魔術師を拘束し、脅し上げたとしても、捧げるものがなければ
魔の力は発動しない、という。最終的にダメなら腕力で、と目論んでいたルフィは窮地に立っていた。

「俺の宝を差し上げますよ、マダム」

沈黙を破ってサンジが一歩前に出た。
驚くルフィ達を無視して、サンジは女の目の前まで行き、丁重な挨拶をした。

「この男の記憶と引き換えに命を助けていただいたサンジというものです。今日は俺が依頼人として
 こちらにお邪魔しました。早速ですが、俺の宝と引き換えにこの緑の男の記憶を戻していただけませんか」

ウェイターのような振る舞いで微笑んだサンジに、女は呆れたような顔でため息をついた。

「永遠に続ける気かい?今度はお前の宝を取り戻す為に、違う仲間が宝を差し出して、依頼するのかい?」

いい加減にしておくれ。
自分の宝を安売りすると、どうなるか、その男を見てわかっただろう。

「緑の男が生きているだけでありがたいと思えぬのかい。目の前に存在しているだけで満足できないのかい」

普通、依頼人は自分の側からたとえ離れてしまっても、それでも命だけは救いたいと、
そう願ってやってくるものさ。こんなよくばりな願いばかり並べ立てる依頼なんてお断りだ。

女がウンザリした顔で背を向けようとしたとき、サンジがその肩を掴んだ。

「俺の願いで最後にしますから。お願いします。まずは見てくれませんか?俺の宝を」

サンジの言葉に、黙ってみていたルフィが怒った。

「ダメだ!サンジ!オールブルーの夢を渡すつもりだろうっ?そんなのダメだ!ゾロと同じになっちまう」

それこそ、同じことの繰り返しだった。
サンジがサンジではなくなり、海賊船に乗る意味もなくなり、今のゾロのようにただの男になる。
仲間である必要もなく、さらに、コックである必要さえないのだ。
それは剣士ではないゾロとおなじで、何の解決にもならない。

だが、サンジはルフィに冷静な瞳を向け、落ち着いた声を出した。

「ルフィ、オレはあの時死んでいたはずだ。生きているだけでありがたい、ってのなら、
 ゾロではなくて、俺であるべきじゃないのか?命よりも夢が大切な俺らは、死ぬ事は無い」

それで充分だろう。俺のためにゾロが自分を捨てるなんて俺自身も許せないが、、、、

「ゾロを待っている大剣豪に、俺はなんと言えばいい?それにこの先オールブルーを見つけたとき、
 俺はバラティエになんて報告すればいいんだ?ゾロを踏み台にして生きて、夢を叶えたと言うのか?」

ゾロの記憶はこの魔術師でなければ戻す事は不可能だ。

腹に響くサンジの声がクルーたちの胸に痛く刺さった。
どうする事も出来ない。八方ふさがりだった。サンジの言う事はもっともな話だが、
それでもルフィは許可を出せなかった。出せるはずが無い。サンジが今のゾロのようになるなら意味がない。

ダメだ許さない、と繰り返すルフィに、サンジが向き直った。

「わかった。じゃぁ、俺は、、、麦わらの一味を辞める。船を降りるぜ。それなら船長の許可なんて
 必要ねぇ。俺は自分の意思でゾロの記憶を戻す。そのあと、どうせお前らと別行動をするだろうしな」

コックではなくなるであろう自分など捨てていけ。

サンジはそれだけを言うと、わめき散らして殴りかかろうとしたルフィに踵落しを決め、
ルフィが蹲っている隙に、老女と共に部屋へ入っていった。

「お前たちの願いはもうアンタで最後だ。まずはアンタの宝を見せてもらうよ」

老婆は杖をとり、ゾロにしたときと同じように床から光りを浮かび上がらせた。

ルフィも慌てて立ち上がり、ウソップとチョッパーに抱えられながら、その部屋へ飛び込んできた。
そして、サンジの宝が光りの中に映し出され、その画像を見たクルーたちが、息を飲んだ。

クルーたちの気配が凍りついたのを感じ、サンジもゆっくりと目を開ける。
そして、自分自身の宝を見て、サンジは自分の口元を押さえた。


ゾロが、、、映っていた。


青い海と魚たちが映るだろうと、誰もが思っていたのに、浮かび上がったサンジの宝はゾロだったのだ。
クルーたちは誰も声さえでない。もちろんサンジ本人も驚愕して動けない。

三本の刀を腰に携え、挑発的な顔で口角を上げているゾロ。
いつものゾロだ。よくクルーたちに見せる表情。生意気な顔なのに、魅力的な瞳。

皆が押し黙っている中、ゾロがその光りの中の”自分”に近づいた。

「オ、、、オレ?、、、刀をさして、、、、剣士のオレ?」

そして、ジッと目を凝らして光りの中の自分の姿を見つめたゾロは、驚きの声を上げた。

「よく見たら、オレの瞳にお前らが映ってる。ほら、目玉をよく見たらお前らが小さく映ってる」

恐る恐るそう口走ったゾロが、光りに触れようとしたとき、女が光を消してしまった。

光りの中のゾロは、クルーたちを見て、満足そうに笑っていた。
その瞳には笑顔のクルーが小さいながらもしっかりと映っていた。

サンジの宝は、、、、クルーと一緒のゾロ。笑顔のクルーに笑い返すゾロの姿だった。

魔術師の女は動揺しているサンジに向き直り、「契約するかどうかを決めなさい」と問うてきた。
決めろといわれても頷けない。ゾロを捧げて、ゾロの記憶を返してもらったところで
ゾロの夢は叶えられない。どこか異次元に飛ばされたゾロがどんなにミホークを探したところで存在しない。

記憶が戻っても、仲間が居ないのではゾロの迷子は永遠に続く。

「サンジの宝がゾロじゃ、、、それこそ意味が無ねぇ、、、そうだろ、サンジ。
 オレと同じで、お前も仲間が宝だったんだよ」

ガクリ、とうなだれたサンジは、イスから立ち上がる事も出来ずに俯いた。

「マダム、、、、頼むっ、、、オレの命と差し替えでもいい。ゾロの記憶を返してくれないか、、、」

俺の手も、オールブルーの夢も、命も、全てあなたに譲るからっ、、、ゾロを返してくれ。
震えたサンジの声がクルーたちの顔を歪ませる。みんな、気持ちは同じだ。でも。

「無理だと言っているだろう?宝が必要なんだよ魔術には。それに緑男はこの通り生きているだろう?」

ゾロを指さして、老婆は諭すが、サンジはイスから立ち上がり、気が触れたように詰め寄った。

「こいつはゾロじゃねぇ!別の男だっ、、、こんな、、、こんな男が俺の宝であるはずがないだろうっ」

返してくれ。ゾロを返せ。俺たちのクソ剣士を返せ!

そう言い続けたサンジだったが、老婆は悲しそうな顔をして、そして消えた。
気が付けば、老婆と共に家すら消えていて、サンジたちは、空き地のど真ん中に立っていた。
慌てて通りに出ると、アノ家だけ消えていて、あとは来た時と同じ風景になっている。

「もう、、、なにもかも、、、無理なのかっ」

サンジが顔を片手で覆い、震える声を絞り出す。
魔術師でなければ人の記憶など取ったり戻したり、できるはずが無い。
誰も、何も、しゃべる事ができなかった。ルフィでさえも。

失望しているサンジとクルーをみて、ゾロは無意識にサンジの側へ行く。
自分が何をしたいのかわからないまま、ゾロは顔を隠しているサンジの片手を退かして
その青い瞳を覗きこんだ。言葉をかけるでもなく、ただ、本能のままにそうした、という態度。

一瞬だけ目が合い、サンジは涙腺が緩みそうになり、慌ててゾロを”手”で殴った。

「お前がっ、、、お前が俺なんかを助けたりするからっ、、、お前が大事な記憶を売って
 俺を助けたりするからっ、、、こんな事になったんだよっ!見捨てたら良かっただろう、俺なんてっ」

自分の命よりも野望を選ぶ男が、たかがコックの為に大事な約束の記憶や誓いの記憶を手放すんじゃねぇ!

吹き飛んだゾロを睨んで怒鳴ったサンジだが、今度こそ本当に涙がこぼれてしまいそうで
スッと顔をそらし、誤魔化すようにタバコに火をつけた。

殴られた驚きと、痛みとで呆然とサンジを見つめたゾロだったが、
無言で手を貸して起き上がらせてくれたルフィに、小さく、つぶやいた。

「ルフィ、、、、なんか、、よくわからないけど、、、帰りたい。オレ、、、帰りたい」

どこに帰ったらいいのかもわからないし、そもそも何故、海賊船に乗っているのかも思い出せないが
とにかく、帰りたい。なんか、、、忘れ物でもしてきたみたいに落ち着かない。

虚ろな表情で少し俯いたゾロをルフィはゆっくりと抱きしめた。

「ゾロ、、、いいんだ。消えちまった記憶が戻らないなら、また、作ればいい。
 どんなゾロだっていいんだ。俺は新しいゾロとまた、旅をする。お前の帰る場所は、、、俺のとこだ」

ルフィのぬくもりが、ゾロにはありがたかった。

サンジの激情を隠さない言葉に、意味もわからずうなだれてしまったゾロは、
どうしていいのか、本当にわからない。
なにか、大事な事を忘れている。その事で、クルーがみんな悲しんでいる。傷ついている。
だが、それが何故なのか、わからないから、自分でもどうする事も出来ない。

あの部屋で見た、光りの中の映像。剣士だという自分の姿。

強そうで、自信に満ち溢れた顔で満足そうに笑っていた表情。
サンジの言うように、自分と同じ男とは思えない。
「ゾロを返せ」と、このオレの目の前で、あの魔術師にわめいていたサンジ。

背中に優しいルフィの手を感じながら、ゾロは泣きたくなった。

「オレ、、、ゾロじゃねぇなら、誰だってんだよ、ルフィ。なんで海賊やってんだよ、オレはっ、、」

”こんな男、ゾロじゃねぇ”、、、そう言って顔を歪ませたサンジの顔が目蓋に焼きついている。
たしか、、、クルーたちとはあまり深くかかわっていなかったような気がしたが、
自分を宝だと思っている仲間たち。だがそれは今の自分ではなく、剣士であるはずの”ゾロ”だと言う。

「わかんねぇっ、、、も、、帰りてぇ、、、、ルフィ」


うなだれているサンジとクルーたちと、落ち込んでいるゾロは、ルフィの指示でいったん船に戻る事にした。
消えた魔術師を探すのか、それとも、このまま、今のゾロをつれて旅を続けるのか。
腰をすえて話し合う必要があった。

とくにルフィが心配したのは、記憶がなくても本能的にルフィに従うゾロではなくて、
自責の念に苦しみ、ゾロとまともに接する事さえ出来ないサンジのことだった。
ゾロの事は、、、ああして抱きしめてみると、やっぱりゾロだとわかる。

ルフィは信じることに決めた。ゾロの言葉を。

ゾロがゾロである限り、必ず思い出す、と言ったのだ。
少女との約束の記憶も、他人に消せるような軽いものではないと。

だからむしろ、ルフィが心配するのはサンジの方だったのだ。
ルフィすらも気付かなかったサンジの宝。本人も気づいていなかったその大切な想い。
何よりも大切な宝であるゾロの人生を自分が狂わせた、と、サンジは衝撃を受けているに違いないのだ。

無言で船に向かうクルーたちはそれぞれの胸に傷を負いながら、それぞれが涙を堪えた。



----------------------
ブラック&ホワイト 8へ
novelsへ戻る
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送