ゾロと”ニセモノ”から死角になるように、大木の陰に隠れたサンジ。
震えていた体を落ち着かせ、ゆっくりと深呼吸をする。
慌てず、騒がず、ここは頭を回転させなければならない。
ゾロはこのクソジャングルのように誰もいない環境を望んだ。
だが、感覚があるこの世界なら当然腹も減る。
腹が減れば、コックを思い浮かべる。
そうだよ。腹が減ってオレを出したんだ。都合よく。
にしても、あの笑顔。
ゾロが望んで作り出した”オレ”は、びっくりするほど優しい顔で
ゾロの頭を撫でていた。現実ならばありえない光景だった。
あの”オレ”はニセモノ。架空のサンジだ。
本物の俺が登場すれば、ゾロは我に帰るはずだ。
急がなければ、船に残してきたゾロの肉体は衰弱している。早くつれてかえらないと。
サンジは一つ呼吸をして、気合をいれ、大木の陰から出た。
一歩一歩、ゾロたちに近づく。
スープの匂いが濃くなって、はっきりと自分のスープだと確信したサンジは
苛立ちが怒りに変わり、鬼の形相で、ゾロたちの側に仁王立ちした。
ゾロは近づいて行くサンジに気付きもせずに、「おかわり!」と、
子供のようにはしゃいでいる。
怒鳴ってやろうと殺気を放ったサンジだが、ふと、疑問を感じた。
この距離にいて、なぜ、ゾロが気付かないのだ。
遠くからの殺気にも敏感に反応するゾロが、この距離でなぜ、俺に気付かない?
サンジは嫌な予感がして、叫んだ。
「ゾロ!!」
叫びながらゾロの目の前まで歩く。大声を出しているのに振り向きもしない。
わざと無視しているわけでもなく、まったく気付いていない。
サンジは慌てた。
「ゾロ!こんなところで遊んでないで帰るぞ」
ゾロの腕を掴もうとして、、、、空気を掴む。
目の錯覚かと思い、もう一度ゾロの体に触れるが、幽霊のように掴めない。
半透明になっているわけではない。ちゃんと、ゾロなのだ。
声も聞こえているし、飯まで食っている。
「なんで、、、さわれないんだ、、、」
ゾロの目の前で唖然として立ち尽くすサンジ。
そのサンジの体をまるですり抜けるように、”ニセモノ”がゾロに
おかわりのスープを手渡した。
自分の体を通り抜けた、ニセモノ。
サンジは背中に嫌な汗が伝った。
震える足を叱咤して、すぐ側の湖まで歩く。
そして恐る恐る湖面に自分を映してみた。
、、、、、なにも、、、映らない。
サンジは倒れそうになり、近場の石に腰かけた。感じた事の無い恐怖感が
沸き起こる。自分自分の感覚は、いつも通りあるのに、
ゾロには「本物の俺」が見えない。
ゾロが作った世界の中では、本物の俺は望まれていないのだ。だから見えない。
侵入はできても、存在はできない。いくら大声を出してもゾロには聞こえない。
それどころか、殺気すらも感じてもらえないのだ。
「やべぇ、、、どうする、、、、しかも時間が、、、」
頭を抱えたサンジは、後ろの二人を眺めた。
本当に幸せそうだ。ニセモノのオレも、自分じゃないみたいに優しい男に見える。
ありえねぇ。腹が減ったからといって、あんな、ありえねぇオレを登場させるなんて
ゾロも何やってんだよ。飯なら船で食えよ。
ありえねぇ、と何度も首を振り、溜息をついたサンジが、ふと顔をあげた。
”ゾロがいる幻想の世界は『叶わないとわかっているのに望んでしまった』世界だ”
ルフィの言葉を思い出す。
そして、連れ戻せるのはサンジしかしない、と言った時の真剣な表情。
「ゾロが望んだのは、、、、孤独じゃない、、、自然でもなくて、、、オレ?」
サンジは改めて、ゾロたちに近づき、二人を眺めた。
ゾロの望んだ”オレ”を観察する。
よくぞここまで再現できたな、とあきれるほど、完璧に俺、だ。
髪の毛のクセから、髭の長さの果てまで忠実で、見ていて気味が悪い。
だが、何か違和感を感じて、サンジは首を傾げる。
?、、、、声をださない。ニセモノは、「俺の声」を出さない。
そこまで細かく俺を再現させながら、何故、声をコピーできないのか、と
サンジは疑問に思い、考える。考えながらも二人を眺める。
ゾロは本当に眉間の皺が消えて、子供のように笑っている。
口だけをパクパク動かして何かしゃべっているニセモノに頷いたり、微笑んだり。
どうやらゾロはニセモノの口の動きを見て、言葉を理解しているようだ。
見つめ合うゾロとニセモノ。
ニセモノは優しい瞳でゾロを見つめて何か言った。サンジには口の動きだけでは
判断できなかったが、何を言ったのかを、ゾロの次の言葉が教えてくれた。
「オレも大好きだ、サンジ」
呼吸が止まった。
ゾロの表情、ニセモノの表情。それを少し離れてみている本物の自分。
サンジは全て理解できた。
ゾロの叶わない望みも、そして、何故、ニセモノが声を出さないかも。
幻想する事すら、出来なかったのだ。甘くささやく”サンジの声”を。
姿かたちなら再現できても、、、、、
怒鳴り声しか聞いた事が無いゾロは、俺の優しい声を想像出来なかったのだ。
どんな望みでも思いのままに出来るゾロの幻想世界なのに。
具現化したくても、ゾロは俺の優しい声を知らない。だから、ニセモノは声を出さない。
女の子を絶賛するような、ミーハーの声ではなく、愛しいものに優しく語る”オレ”。
声を聞きたいだろうに、姿だけで満足しているゾロが、、、悲しい。
普通のやつならば、叶わない望み、といえば、凄いスケールの事を思い浮かべるのに。
ゾロが肉体を衰弱させてでも求めた望みは、、、、優しい俺、だ。
「、、、っ、そんな、、そんなもん、いくらでも現実でやってやるから!」
戻ってさえ来てくれれば、どんな優しい顔だってしてやる!
聞けなかった俺の甘い囁きも、お前を優しく撫でる手も、
何もかも、やってやる!だからっ!
「俺はコッチだ!ゾロ!!ニセモノに懐いてんじゃねぇ!!」
腹の底から声が出た。ゾロには聞こえていないだろうが、黙ってはいられなかった。
サンジは歯を食いしばって、ゾロに近づく。
ゾロからしたら、自分は幽霊みたいなものだ。見えもしないし声も聞こえない。
だが、サンジは構わずゾロを抱きしめた。
空気を抱いているのだが構わない。
目でゾロの体を確認し、感触がないその体を抱きしめた。
後ろからニセモノが迫ってくる。
ゾロを抱きしめようと、ニセモノが近づく。
「テメェはすっこんでろ、ニセモノ!ゾロに触るんじゃねぇ!!」
首をひねってサンジが叫ぶが、ニセモノには本物のサンジなど見えていないし聞こえもしない。
そもそもゾロが作り出した”サンジ”だ。ゾロの思うが侭にしか動かない。
幻想世界の中で”存在していない本物のサンジ”の体に折り重なるように、
ニセモノがゾロを抱きしめようと、サンジの中に体を埋めてくる。
透明人間であるサンジにニセモノが重なっていく。
「え、、」
奇妙な感覚が足もとに走る。
ニセモノとはいえ、完璧な再現。その偽者がゾロを抱きしめようとすれば
やはり、本物と同じような姿勢になる。
ニセモノが本物と同じ位置に立つ。その瞬間、足がドクン、と脈を打つような感触がした。
ゾロを抱きしめてはいるが、空気を抱いていたような感覚だったのに、
ニセモノがゾロに手をかけた時、本物と同じ位置に手を伸ばした事で、
急にゾロの体の感触がきた。
最後にニセモノの頭が本物のサンジに重なる。
重なる寸前に、ニセモノが口を動かしていた。
その口の動きが本物に反映される。
「、、き、だよ、ゾロ」
サンジは完璧にゾロを捕らえた。さわれる。ゾロの体が実感できる。
ゾロの森に俺は存在している。
そしてサンジにははっきりとわかる。ニセモノは消えた。俺がニセモノを食ったのだ。
ゾロが創り出した優しいサンジ。本物とぴたりと重なったことで
本物がニセモノを取り込んだ。
取り込んだからわかる。
ゾロの気持ち、ゾロの望み、すべて、ニセモノの”気”が教えてくれる。
「ゾロ、、、」
感覚のあるゾロの体をギュッとサンジが抱きしめると、
ゾロが驚いたような顔で、サンジを見た。
「声、出せるようになったのか、サンジ?」
あぁ、、、ちゃんと名前を呼ぶんだな。
サンジはゾロの顔を見ながら微笑んだ。
別にゾロの望みを叶えようと微笑んでいるわけではない。
こんなゾロを見たら誰だって微笑むだろう。優しくしたいと思うだろう。
叶わない望み、だなんて、どうかしている。
叶わなくしているのはゾロだろう?
お前のこんな姿を見て、優しくしない人間などこの世にいないよ。
サンジはキョトンとした顔で見つめてくるゾロの頭に手を置いて
ゆっくりと撫でる。されるがままに赤くなるゾロが、可愛い。
「声ぐらい出るよ、ゾロ。俺は本物のサンジだからな」
意味が通じないのか、ゾロが首を傾げている。
その顔が本当にかわいい表情で。サンジは顔を近づけた。
もう、現実世界でもキスしてるんだぜ?濃厚なヤツをな。
小さくそう呟くと、サンジはゾロに優しくキスをした。
真っ赤になって、恥かしがっているゾロの手を握り、サンジは優しく声を出す。
「さて、そろそろ帰ろうか、ゾロ。ルフィが待ってる。
いつまでも迷子になっていたら、戻れなくなるぜ?ゴーイングメリー号に」
ゾロの瞳が一瞬、揺れた。
「今日の晩飯はパスタの予定なんだよ。ここにはバターもオリーブオイルもねぇ。
キッチンに戻って作りてぇ、、、ゾロも手伝えよ、ソース混ぜて欲しいんだ」
祈るように、すがるように、ゾロがサンジを見ている。
「晩飯の後さ、一緒に甲板で飲もうぜ?ナミさんが夜は星が見えるはずだって
言ってたし、ウソップがゾロの晩酌用ちゃぶ台を作ってくれてた」
瞳が潤み、涙をたくさん溜めたゾロが、震えるように声をだした。
「行くな、、、サンジ、行くなっ」
繋いでいる手をゾロが強く握り返した。
本当に迷子のように怯えた表情。俺がいなくなると思っているのか、
すがるように見つめてくる。
「一緒だよ?お前も一緒に帰るんだ。グランドラインに。
俺たちがココで遊んでいる時に、ルフィがオールブルーを見つけたらどうするよ。
うっかり鷹の目が現れたらどうするよ。俺らがいないと話にならねぇ」
サンジはゾロが逃げてしまわないように腰に手を回して体を密着させた。
ゾロは混乱しているようで、瞳がゆれていた。
「鷹の目、、、、オールブルー、、、」
「そうだ。俺たちの叶えるべく野望だ。必ず現実のものにしてみせる。それに、、、」
『叶わない望み』なんて、お前には無いよ、ゾロ。
サンジは自分でも不思議なくらいにやさしい気持ちになっていた。
目の前の素直なゾロのせいでもあるが、自分自身も肩肘を張らずに
素直な気持ちでゾロと向き合えた。
サンジは自分でも見た事が無いような、とても優しい笑顔でゾロにもう一度キスをした。
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