修行をすれば、必ず解決する。
克服できない事なんてない。できないのは鍛錬が足りないか修行方法が悪いのだ。

ゾロは一通りいつもの鍛錬を終えてから、正座をして黙想をする。
感情コントロールはいくら腕立てをやっても鍛えられない。
精神力、集中力、判断力、全てがバランスよくもう一段階上へ行かなければ。

究極の戦闘時には、全てが無になるほど集中できるのだ。
その精神力をいつでも引き出せる自分にならなければ、サンジの事は乗り越えられない。
時が過ぎれば過ぎるほど、コントロールが難しくなってきた。

こんなことでは、、、、うっかり、自分をさらけ出してしまう。

精神をいつでも統一できるように。いつでも無になれるように。

ゾロは目をつぶり、邪念を消す。前方甲板から聞こえるクルーの笑い声が
ドンドン聞こえなくなっていく。目蓋の中の黒い景色がだんだんと白っぽく変わる。
ようやく穏やかになってきたころ、ふと、故郷の空が浮かんだ。

見た事がある空。あんな夕焼けは故郷でしか見られない色。
目蓋の裏に広がるオレンジの空に、いつか聞いた先生の声が蘇った。

「やせ我慢はいけませんよ、ゾロ。だから剣が言う事を聞いてくれないのです」

心が暴れているから、剣も暴れる。自分の弱い部分と向き合う勇気も強さの一つです。

ずっと忘れていた言葉。
子供の頃、その言葉を聞いたとき、ムッとしたのを思い出す。やせ我慢なんてしていない、
弱い部分なんて持っていない、と、ムキになって反論した。

自分の弱い部分。

ゾロは腰に当てている両こぶしに知らずに力が入った。

怖いものなどない、オレは弱くない、と言い聞かせて今まで生きてきた。
そう思うことで死なずに来た。自分の弱い部分を忘れるほどに無我夢中だった。
剣の勝負や戦闘では精神的にも技術的なことも問題はない。これからの鍛錬でさらに上へいける。

問題は、心の中の脆さ。体ではなく心が、、、、傷つくのが本当は怖いのだ。
剣術以外のことで、傷つきたくない。そうどこかで思っている自分がいる。

サンジの事も、”サンジが迷惑だろうから”というもっともらしい理由をつけて
気持ちを伝えない。フラれたほうがスッキリするだろう、なんて意見は強い人間の言う事だ。

オレは。本当は白黒つけるのが、、、、怖い。そうだ。怖いんだ。

ゾロはつぶっていた目をゆっくりと開いた。
昼食後、鍛錬をして黙想をしたはずだが、もう、すっかり日は傾き、
現実の風景もオレンジ色に染まっていた。



想いを伝えようと決心するのに二日かかった。

やはり、サンジが迷惑するだろうという事がひっかかって、なかなか決められずにいた。
だが、自分の弱さに気付いてしまえば、何を考えてもそれは「逃げ」になり、
ゾロは初めて玉砕するという体験を受け入れようと決心した。

ようは、傷ついても立ち直ればいいんだ。必ず克服してみせる。そして前へすすめばいい。

都合がいい事に、ちょうど次の島に上陸だ。
今度こそ、サンジの荷物もちをかってでよう。二人きりになれるときなど、ないのだから。

ゾロはうっすらと島が見え始めた前方を睨み、拳を握った。


買出しに付き合う、とゾロがいいだしたのでクルーは驚いた。
いつもナミに命令されてしぶしぶ頷くか船番で別行動のゾロが、自分で行くと言い出した事は
いままでになかった。サンジも驚いた顔でゾロを見たが、
相変らず読めない表情でゾロは突っ立っていた。

「荷物もちをかってでるとはどういう心境の変化だよ。いっとくが酒は余分には買わねぇぞ」

首をかしげたサンジに、ゾロは目を合わせることなく頷いた。
あの青い瞳を見てしまえば、怖くなるかもしれない。怖気づかないように、ゾロは自分を叱咤した。


まずは保存食から買っていく、と言ったサンジの後をついてく。
いつ言おう、いつ言おう、と考えていると、前を歩くサンジが足を止めた。

「うっとおしいな、てめぇ。なんなんだよ、何考えてやがる。虚ろな目しやがって」

言いたい事があるならさっさと言え、と正面きってゾロと向き合う。

ざわり、とゾロの心が震えた。

言わなければ。逃げたくない。人通りの多いこの通りで言ってもいいのだろうか、
ここでケンカになったら船が、、、、海軍が、、、

慣れない事に、ゾロが判断を迷い、躊躇してしまった。
だがそのとき、いいタイミングでゾロの腹がグゥ~~~~っと、盛大に鳴り響いた。

「ぶっ!!はははっ!!なんだ、腹へってたのかよ。朝食の時、ボケッとしてっから
 ルフィに取られるんだよ、クソ剣士。しかたねぇな、、、」

サンジはゾロが今日も朝食をルフィに取られた事を知っている。
今ごろ腹が減ってしまい、でも怒られる事がわかっているから言い出せなかったらしい、と
勝手な憶測で笑い出した。そしてあたりをぐるりと見渡して、ゾロに聞いた。

「レストランってわけにはいかないが、パンか果物なら買ってやる。どっちがいい?」

飯のことになると案外怒らないサンジ。
腹減ったと言い出せなかったのだろう、と思い込んでいるせいか、いつもよりも優しい口調。

ゾロは言われてみて確かに腹が減っていることに気付き、小さな声で「パン」と呟いた。
果物の方が好きだが、パンのほうが安い。そんな事まで考えて返事をしたゾロに気付かず
サンジはパン屋にゾロを追い立てた。

「あぁ?それが食いたいのか?てめ、それは菓子だろうが」

店内でゾロが指さした棒状のパンは、砂糖がたくさんついていてクッキーのようなもの。
サンジがサンドウィッチを取ろうとしていた手を止めて、ゾロを見た。
甘いもの、食えるのか、という顔をしている。

「これ、食いたい。食ってみたい」

眉間にしわを寄せたままのいつもの顔のゾロが、棒状クッキーを指さしている。
ゾロが酒以外で自分から食べ物を指定したのは初めてだ。
「食ってみたい」などと、要求したのもはじめて。

サンジは珍しいものを見た驚きで、そのままクッキーパンを買ってしまった。
栄養的にはどうかと思うが、食べたい、と言ったのもを食べさせてやりたい。

ゾロは好き嫌いがなく、出したものは必ず全て平らげる。
おやつもデザートも必ず自分の分はちゃんと食べる。だが、それは好きで食べているのではなく
出されたから食べているのだと思っていた。多少ならずも食べ物のありがたみを知っているはずの
ゾロの、そういうところはエライ、とサンジも認めていたのだ。

店から出て、通りのベンチに座って、パクパクとクッキーパンを食うゾロを
サンジは不思議そうに見ていた。

「お前、本当は甘いもの、好きなのか?」

サンジの声にゾロは顔を上げ、頷く。口がいっぱいで話しは出来ないが
その顔が甘党、と語っている。

意外な事実にサンジはふと気が緩んだ。なんだか笑える。今まで気付かなかった自分にも呆れる。
酒以外にもちゃんと好みがあったとは。しかも甘いものが好きだなんて。
そういう仕草すら見せなかったゾロにむかつきつつも、ちょっとだけ笑える。

「好きなら好きって言えばいいじゃねぇか。くくっ。テメェが甘党とはなぁ」

隣に座ったサンジが肩を揺らして笑っている。


好きなら、好きと、、、、言え、か。


予行練習。手始めに、甘党告白から。これで馬鹿にされて、傷つく練習。
ゾロは手に残っているパンを全部食べ、唾を飲み込んだ。

「オレは甘いもの、好きだ」

不必要に力の入ったゾロの言葉。怒っているような怖い顔に、握られた拳。
でかい声にビックリしたサンジがまた、首を傾げる。
ここのところ、ずっと、そうだ。何度も不審なゾロの行動に首をかしげている。

それでも、とりあえず、ゾロの甘党発言に、サンジは落ち着いて頷いてやる。

「そっか。それならそうと言ってくれりゃ、俺も料理しやすいんだよ。
 ウソップのキノコ嫌いとか、ナミさんの辛いの好きとか、いつも考えてんだからさ」

お前の好みが甘党ならば、デザート作るときも遠慮しないで甘く出来るんだよ。
知ってっか?いつもデザートは二種類つくってんだぜ?

ナミさんたち用と、ルフィ達用。お前はいつもナミさん達用の甘さ控えめのデザートを
食ってんだよ。お前が甘党と知っていれば、ルフィと同じやつを食わせられる。

「レディたちと同じ味なのに、野郎どもと同じデコレーション無し。これ、結構手間がかかるわけよ」

馬鹿にするわけでもなく、サンジが笑いながら話をしてくれている。
こういうところが、いい男なのだ。さりげない気遣い。いつもなら馬鹿にしているはずだ。
内容が食物の事だから、だからちゃんと聞いてくれた。

サンジは食物に関しては実に真面目で、繊細で、だが、男らしい思考だ。
今までゾロの分のおやつはナミと同じ中身だったというのも驚いた。
綺麗なデコレーションはなくても、甘さ控えめのやつ。ルフィたちとは違う中身だったらしい。

「そうか、、、言った方がよかったのか。今度からルフィと同じ味でいい」

なんだか今まで手間を掛けさせていたと思うと申し訳なく感じた。
自分が思っていたよりも、サンジはさらに思慮深い男のようだ。

考えてみれば何も知らない。サンジのことを何も知らないのに、こんなに好きだ。
どこが好きだ、とかじゃない。その存在に惹かれる。
サンジのかもし出すあの優しい空気の中にはいれたらいいな、とつい思うほどに。

ジンと過ごしたあの心地いい空間が、もし、サンジとだったら、、、。

何度もそれを想像して、浮かれ、そして落ち込んだ。

いつまでも自分の気持ちに振り回され続けていては、何も始まらない。
覚悟を決めて、言うしかない。言うなら今がチャンス。

そろそろ、店屋を巡るか、と立ち上がったサンジを、ゾロは座らせた。

「話がある」

難しそうな顔をして、そう切り出したゾロ。
あぁ、やっぱり他に言いたい事があったのか、と、サンジはゾロを見て、聞く体制になった。

今、言わなければ、一生言えない気がした。
これから先、ずっとずっと、モンモンと過ごすはずだった自分を、今こそ壊すべきなのだ。

しかし、言ってしまえば、こうして穏やかに会話する事すら出来なくなる。
その恐怖がゾロを包む。なんどもシュミレーションした「フラれた後の自分」なのに、
今になって手が震える。こうして普通に会話できるだけでやっぱり、満足だろう?と、
弱い自分が誘惑している。このまま密かに想い続けた方が幸せだろう、と。

言葉に詰っているゾロを急かすわけでもなく、サンジは無言で待っていてくれる。

そんなサンジにさえ、あぁ、優しい男だ、と、惚れ直す自分がいて。

サンジを困らせないように、必死で感情をコントロールをして、ゾロは手の震えを抑えた。
きっと、告白してしまえば楽になる。フラれてしまえば、苦しくない。

「好きだ」

「あ?」

甘党の話なら今さっき聞いたぜ、とサンジが眉を寄せる。

ゾロはサンジの青い瞳を見据えて、食物の話ではない、とはっきりと声を出した。

「お前のこと、好きなんだ。オレ、お前が好きだ」

目を合わせたまま、サンジは無言でゾロを見ている。見ていると言うより観察している。
恥かしがっているわけではない。しかし、ケンカを売っているわけでもない。
冷静に、難しい顔で、まるで作戦会議のように慎重な言い方。

サンジはこんな告白は見たことも聞いたこともなかった。
何も伝わらない。その言葉の意味がわからない。

「ゾロ、わかりやすく説明してくれ。どういう意味で俺に向かって好きだと宣言しているんだ」

一般的に考えれば、たぶん、恋愛感情の好きと言う気持ちを告白している場面だが、
このゾロの表情はどうだ。まったく読めない。どこかに書いてあるセリフでも読み上げているのか。
そもそもゾロに人を好きだという感情とか、あるのか。

サンジの怪訝な表情を見て、ゾロの顔がさらに無表情になっていく。

「ただ、好きだ、と思っているんだ。気持ちが悪くて嫌だろうけど、言っておきたかっただけだ。
 怒るのなら怒ればいいし、蹴るなら蹴ってもいい。覚悟の上、お前にしゃべってる」

その冷静さはなんだ。

サンジはムカムカと苛立ち始める。甘党だと告白した時の方がよっぽど信憑性がある。
すくなくとも、表情を変え、美味そうに食っていたのだ。
だが、今はどうだ。人が人に好きだと告白するのに、なぜ、怒ればいい、などといえるのだ。

「俺の返事もいらないし、キレたきゃキレろ、ってことかよ。
 そうだな、俺はホモじゃねぇから、男に告られたら気分が悪いな、確かに」

サンジはポケットからタバコを出してくわえる。
ゆっくりと立ち上がり、タバコに火をつけてから、座っているゾロを見下ろした。
いつもと何も変わらない無表情。眉間のしわが多い程度で、感情など見えやしない。

「お望み通り、キレてやるよ」

言い終わらないうちにサンジの右足があがり、ゾロの左側頭部を直撃した。
ゾロは吹っ飛び地面に叩きつけられる。

「ゾロ、こんな時くらい、その冷静な仮面を剥がしてみたらどうなんだ。
 お前の本心などまったく伝わらねぇ。何を考えてやがる!」

何かの罰ゲームか?ふられるのを覚悟して告白、という顔ではない。魂が抜けているような、、、
まるで俺を無視して進んでいるシュミレーションゲームじゃないか。

【サンジに告って⇒蹴られる or 無視される or 笑われる】そんな三択ゲームか?
ふざけるな。この告白をクリアして、テメェはどこに進みたいというんだ。

怒鳴るサンジに、ゾロは何もいえないまま、ゆっくりと起き上がった。
そしてまたサンジの前に立つ。

「一生言えないと思ったから、今、言った。それだけだ」

完全に表情を消したゾロがその場に無防備に立っている。
叩きたければどうぞ、といった感じだ。

サンジはくわえていたタバコのフィルターをガリッと噛んだ。

ならば最初から言わなければいい。ただ、オレを混乱させる為だけに口走っているのか。
いつも俺がナミさんたちに言っているのと同じノリで言っているわけではあるまい。
お前にとっての「好き」という重みは、軽いものではないはずだろう。

「だが、お前の気持ちは何も見えねぇ。それが俺に惚れている人間の表情か?
 てめぇはロボットか?本当のお前を見た事がねえ。スカした面して、愛を語るな!」

人を好きになるって、とても素敵な事だろう?そして同時にとても辛い事だろう?

「本音を見せもしないで、迂闊な事を口走るんじゃねぇよ、ゾロ」

サンジは冷たく言い放つと、ゾロに背を向けて商店街に消えてしまった。


これがフラれた、ってやつなのだろうか。


ゾロはヨロヨロとさっき座っていたベンチに座り、天を仰いだ。
左側の頭がガンガンと痛む。回し蹴りが綺麗に入ってしまい、口の中も切れた。

「別に、玉砕ってほどでもねぇ。予想どうりで、なんてことねぇ」

何度もシュミレーションして、心の準備をしたんだ。フラれてもぶざまに涙を見せないように。
ガキのように落ち込んだり、拗ねたりしないように。

だから全然、平気だ。サンジの怒鳴っていた内容は、予想と違ったけれど。
本音だと思われていなかったみたいだけど。
俺の気持ちが伝わっていなかったみたいだけど。

だけど、心の準備をしていたから平気だ、、、、オレは全然、傷ついてなんていない。

晴れた空が眩しくて、ゾロは目をつぶった。
目蓋越しにもわかる光。

ふいにカーテンを開いたジンの顔を思い出した。
傷ついてなんていないけど、会いたい。ジンに。抱かれたい。甘えたい。

”海軍の賞金首の受け渡し窓口、、、『ウォッカ』が待っているとジンに伝言、、、”

ゾロは会話の記憶を呼び起こし、立ち上がった。



------------------------------------
遠吠え 4へ
novelsへ戻る

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送